コンサル業界の中でも、財務・M&Aアドバイザリー系(FAS、M&Aブティック、総合系コンサルのM&Aチームなど)は、求職者からの人気が特に高い領域のひとつです。「激務だが高年収」「投資銀行に近い専門性が身につく」「経営の意思決定に一番近い場所で働ける」といったイメージが独り歩きしていて、書類選考の段階から志望動機欄に「M&Aに携わりたい」という一文が並びます。
ただ、採用責任者として何百人もの職務経歴書と面接記録を見てきた立場から言うと、この領域を志望する人の多くは、実際にそこで日々何が行われているかをかなり漠然としか理解していません。M&Aという言葉が持つ華やかなイメージと、実務の中身にはそれなりの距離があります。
本記事では、そのギャップがどこにあるのか、そして採用側がこの領域の候補者に対して実際に何を評価しているのかを、採用会議で交わされていたやり取りをもとに整理します。
「M&Aアドバイザリー」は一つの仕事ではない
まず前提として、財務・M&Aアドバイザリーという括りは非常に広く、実態としては複数の異なる専門機能の集合体です。大きく分けると、次のような機能があります。
- ディールの相手探しや交渉を担うフィナンシャルアドバイザリー(FA)機能
- 買収対象企業の財務・事業の健全性を調べるデューデリジェンス(DD)機能
- 買収後の統合プロセスを設計・実行するPMI(Post Merger Integration)機能
- 企業価値やシナジーを数値化するバリュエーション機能
- 再生局面の企業を支援するターンアラウンド機能
これらは同じ「M&A」という言葉でくくられますが、求められるスキルセットも、日々の作業内容も大きく異なります。DD専門のチームは、ディールの交渉現場に立ち会うことはほとんどなく、対象企業から出てくる大量の資料を読み込み、財務諸表の数字を突き合わせ、異常値やリスク要因を洗い出す作業に多くの時間を使います。一方でFA機能は、資料作成よりも関係者間の調整や交渉戦略の設計に比重が置かれます。志望動機欄に「M&Aに興味があります」とだけ書かれている書類を見るたびに、この人はどの機能をイメージしているのだろうか、と採用会議で必ず議論になっていました。
面接で「憧れ」から入る人ほど、実務内容の解像度が低い
面接で候補者に「M&A業務のどの部分に関心がありますか」と聞くと、答えが大きく二つに分かれます。一つは「大型ディールのニュースを見て興味を持った」「経営者と近い距離で仕事がしたい」といった、業界イメージからの回答。もう一つは「デューデリジェンスで財務モデルの前提条件を検証する作業に興味がある」「PMIで現場の抵抗をどう乗り越えるかに関心がある」といった、具体的な業務プロセスに踏み込んだ回答です。
採用側の印象として、前者のタイプは入社後の早い段階で離脱するケースが目立ちました。理由は単純で、実際の業務の大半が地味な検証作業やドキュメント作成に費やされるからです。大型ディールの発表会見に立ち会えるような瞬間は、実務全体からすればごく一部に過ぎません。ほとんどの時間は、契約書の細部を読み込んだり、財務数値の整合性を何度も確認したり、資料のフォーマットを整えたりする作業に使われます。
華やかなイメージで志望した人ほど、地味な検証作業の連続に耐えられず早期に離脱する──これは採用会議で繰り返し議論になった、この領域特有のミスマッチパターンです。
採用側が見ているのは「モデリングができるか」ではない
未経験からこの領域を志望する候補者の多くは、Excelでの財務モデリングスキルをアピールポイントにしようとします。もちろんそれ自体は無意味ではありませんが、採用会議でモデリングスキルの有無が決め手になったケースは、実はそれほど多くありませんでした。モデリングの型はある程度パターン化されていて、入社後の研修や実務でも十分にキャッチアップできる部類のスキルだからです。
むしろ評価が分かれていたのは、次のような点でした。
- 数字の裏にある事業の実態を疑う姿勢を持っているか(単に計算するのではなく、その数値が本当に正しいのかを検証しようとするか)
- 膨大な資料の中から重要な論点を素早く見つけ出す優先順位づけの感覚があるか
- クライアントや対象企業の担当者に対して、聞きにくいことを丁寧かつ的確に確認できるコミュニケーション力があるか
- 締め切り直前の情報変更や前提の覆りに対して、感情的にならず淡々と対応し直せるか
特に最後の点は軽視されがちですが、実務ではディールの状況が土壇場で変わることが珍しくありません。前日まで進めていた分析の前提が一夜で変わり、朝までに資料を作り直すといった場面に、精神的に耐えられるかどうかは、面接での受け答えの端々からある程度見えてきます。
総合系のM&Aチームと、独立系FAS・ブティックの違い
もう一つ、志望者が見落としがちなのが、同じM&A領域でも所属する組織の性質によって働き方がかなり違うという点です。総合系コンサルティングファームのM&Aチームは、戦略立案から実行支援まで幅広い案件に関わる一方で、案件の規模やクライアント層は比較的分散しています。対して独立系のFASやM&A専門ブティックは、特定の業界やディールサイズに特化していることが多く、専門性を深く積み上げやすい反面、案件の波がそのまま働き方の波に直結します。
面接に来る候補者の中には、この違いを認識せずに「M&Aができるならどちらでもいい」という姿勢の人もいましたが、採用側からすると、この違いを理解した上で志望動機を語れる候補者の方が、入社後のミスマッチが少ない傾向がありました。どちらが良い悪いという話ではなく、自分がどちらの環境に向いているかを事前に見極められているかどうかが重要だということです。
未経験からこの領域に入るとき、何が見られているか
事業会社の経理・財務、金融機関出身、コンサル未経験の営業職など、バックグラウンドが異なる候補者からの応募も一定数ありました。ここで採用側が最初に確認していたのは、会計や財務の基礎知識の有無だけではありません。むしろ、これまでの職務の中で「数字を根拠に意思決定をした経験」がどれだけ具体的に語れるかを重視していました。
例えば経理出身の候補者であれば、単に決算業務を担当していたという説明ではなく、「ある数値の異常を発見し、原因を突き止めるまでにどう動いたか」というプロセスを語れるかどうかで評価が大きく変わります。逆に、資格やスキルセットは十分でも、業務の中で自分がどう考え、どう動いたかを言語化できない候補者は、面接の後半で評価が下がっていくことが多くありました。実務未経験であること自体は大きな障壁にはならず、むしろ「地道な検証作業に対する耐性」と「数字への向き合い方」を、これまでのキャリアの中の具体的なエピソードでどれだけ裏付けられるかが分かれ目になっていたと感じます。
この領域で長く活躍する人に共通していたこと
採用してから数年単位で活躍を続けている人材を振り返ると、共通するのは「派手な実績への憧れ」よりも「地道な作業への耐性と、そこから論点を拾い上げる知的好奇心」を併せ持っていた点でした。数字を追う作業そのものを苦にせず、むしろその中に潜むおかしな動きや違和感を見つけることに面白みを感じられるタイプは、長期的に高い評価を得やすい傾向があります。
財務・M&Aアドバイザリー領域は、確かに専門性が高く市場価値にもつながりやすいキャリアです。ただしそれは、華やかなディールの瞬間に立ち会えるからではなく、地道な検証作業を積み重ねた先に専門性が育つからです。この領域を志望するのであれば、まずは自分が日々の泥臭い作業にどこまで向き合えるタイプなのかを、面接の場でも正直に見つめ直しておくことをおすすめします。