「なぜわざわざ年収を下げてまで転職するんですか」。採用会議でこの質問が飛ぶたびに、私はある種のデジャブを覚えていた。大手ファームや総合系コンサルから、社員数十名規模のベンチャーコンサルやブティックファームへ移ってくる候補者は、実は珍しくない。しかもその多くが、提示年収では前職を下回る条件を承知のうえで応募してくる。
転職の世界では「年収は右肩上がりが当たり前」という前提が根強い。エージェントのアドバイスも、SNSでのキャリア論も、たいていは「年収を上げる転職」を前提に組み立てられている。だからこそ、あえて年収を下げてでも小さなファームに飛び込む人たちの存在は、一見すると非合理に見える。
だが採用責任者として何百通もの職務経歴書を読み、何百人もの候補者と面接をしてきた立場から言うと、こうした「逆張り」に見える転職には、驚くほど共通したロジックがある。そしてそのロジックを理解しているかどうかが、実は選考の合否にも直結していた。
「年収を下げる転職」は想像以上に多い
私が採用責任者を務めていたファームは、社員10名から100名まで急拡大する過程にあった。その採用ポジションの多くで、応募者の一定数が大手ファームや事業会社の高年収ポジションからの転職希望者だった。書類選考の段階で前職の年収レンジを見ると、こちらの提示レンジを明らかに上回っているケースも珍しくなかった。
採用会議では毎回のように「この人、うちに来て年収下がりますよね。本気度は大丈夫ですか」という議論になった。最初のうちは私自身も懐疑的だった。だが面接を重ねるうちに、この手の候補者には二種類のタイプが存在することが分かってきた。ひとつは「大手でうまくいかず、逃げるように転職してくる」タイプ。もうひとつは「大手だからこそ見えた限界を、明確な意図を持って乗り越えようとしている」タイプだ。両者は履歴書の上ではほとんど区別がつかない。しかし面接で数分話せば、驚くほどはっきりと分かれる。
年収より優先されているものの正体
「裁量」と「距離」への渇望
後者のタイプに共通していたのは、意思決定との距離に対する強い問題意識だった。大手ファームでは、プロジェクトの一部分を任されることはあっても、クライアントへの最終提案や経営判断そのものに関わる機会は、役職が上がるまでなかなか回ってこない。優秀なアナリストやコンサルタントほど、この「距離」に苛立ちを感じている。面接で「なぜ年収が下がってもうちに来たいのか」と聞くと、彼らはほぼ例外なく「意思決定の場に、今より近い距離で立ちたい」という趣旨の答えを返した。
「一気通貫」で経験したいという意欲
もうひとつのキーワードは一気通貫だった。大手ファームの分業体制では、リサーチはリサーチチーム、実装は実装チーム、と役割が細分化されていることが多い。一方で小さなファームでは、提案から実行、時にはクライアントの採用や組織設計まで、一人が広い範囲を担うことになる。これは負荷が高い働き方である一方、キャリアの早い段階で経営に近い解像度の経験を積みたい人にとっては、何物にも代えがたい魅力に映るようだった。
採用側が本気度をどう見極めているか
ここが本題である。採用会議では、この「年収を下げてでも来たい」という動機の真贋を、具体的にどう判断していたのか。結論から言うと、私たちが最も重視していたのは言葉の抽象度だった。
- 「裁量が欲しい」「成長したい」といった抽象的な言葉だけで終わる候補者は、深掘りすると答えに詰まることが多かった。
- 逆に「前職では提案書のこの部分までしか関与できなかったが、次はクライアントとの合意形成まで自分で担いたい」というように、前職の具体的な業務のどこに限界を感じたかを語れる候補者は、話に一貫性があった。
- さらに、その限界を感じた瞬間のエピソード(例えば、ある会議で自分の意見が通らなかった経験など)まで語れる候補者は、ほぼ確実に高評価だった。
採用会議で「この人は逃げではなく意図がある」と判断されるかどうかは、結局のところ、年収以外の何を得ようとしているかを、どれだけ解像度高く言語化できているかにかかっていた。逆に言えば、年収が下がる転職であるにもかかわらずその説明が曖昧な候補者は、むしろ大手在籍中に何らかの問題を抱えていたのではないかと勘繰られるリスクすらあった。
年収を下げる転職そのものがマイナス評価につながることはない。マイナス評価につながるのは、「なぜ下げてでも来たいのか」を自分の言葉で説明できないことだ。
逆に評価を落とす「よくある失敗パターン」
一方で、同じように大手から小さなファームへ応募してきながら、評価を落としてしまう候補者にも共通点があった。典型的なのは、志望動機が「大手の看板を外して、もっと自由にやりたい」という不満の裏返しだけで完結してしまっているケースだ。これ自体は嘘ではないのだろうが、面接官の立場からすると、環境を変えた先で同じ理由で不満を持たれるのではないかという懸念がどうしても拭えない。
もうひとつよくあるのが、前職の年収水準や案件規模を面接の端々でアピールしてしまうパターンである。「〇〇という大型案件のリードをしていた」「年収は〇〇万円だった」といった話が、質問に対する答えとしてではなく自己紹介の枕詞のように繰り返されると、面接官の印象はむしろ悪化する。年収を下げてでも来ると言いながら、話しぶりからは年収や規模へのこだわりが透けて見える、という矛盾を採用側は敏感に察知する。実際の採用会議でも「言っていることとにじみ出ているものが違う」というコメントは何度も出た候補者評だった。
逆に、30代前半で大手からベンチャーコンサルに移り、非常に高い評価を得た候補者は、面接の中で一度も前職の規模や年収の話をしなかった。聞かれて初めて答える、というスタンスに徹していた。代わりに語っていたのは、自分が担当していた領域の狭さと、そこに感じていた具体的なフラストレーションだった。この違いは、書類上のスペックだけを見ていては決して分からない。
職務経歴書と面接でやるべきこと
このタイプの転職を検討している人に向けて、書類と面接での実務的なポイントを挙げておきたい。まず職務経歴書の段階では、前職の年収や役職の高さを強調するのではなく、自分が実際に担っていた業務の範囲と、その限界を具体的に書くことが有効だった。「大手ファームで〇〇業界のプロジェクトに従事」だけでは、採用側は候補者が何に不満を持ち、何を求めているのかを推測するしかない。
面接では、逆質問の時間も活用すべきだ。「入社後、意思決定にどの程度早い段階から関わることになるか」「一人が担う業務範囲はどこまで広がるか」といった質問は、単に情報収集のためだけでなく、候補者自身が何を優先しているかを面接官に伝える機会にもなる。実際、私が高く評価した候補者の多くは、こうした質問を通じて自分の動機を逆質問という形で補強していた。
結論:年収は判断材料の一つに過ぎない
大手からベンチャーコンサルへの転職を、単純な「格下げ」や「逃げ」として捉えるのは早計である。採用の現場で見てきた限り、こうした転職を選ぶ人の多くは、年収という一つの指標では測れない、意思決定との距離や経験の幅という別の軸で意思決定をしている。
もしあなたがこのタイプの転職を検討しているなら、まず自分に問うべきは「年収が下がっても構わないか」ではなく、「前職の何に限界を感じ、次の環境で何を得たいのか」を、具体的なエピソードとともに説明できるかどうかだ。それが言語化できていれば、採用会議での評価は年収の多寡によって左右されることはない。